技術について思う勝手な考え

技術ってまずは「真似る」ことから始まると思う
真似てみて自分なりの創意と工夫を加えて自分のものにするのだけど
これがなかなかに難しい。。。
あの前衛的な千利休ですら師匠の茶を60歳までは真似ていたと言われている

7歳から武術を学び
武術の師匠と離れてからは
身体の急処を知って独学で身体調整の道に入ったものの
壁にぶつかって師匠岡島の門を叩きました

やはり師匠は偉大だと思うし師匠に就く特典は
【師匠の目を借りて世界が垣間見れること】
師匠の目から観た世界は弟子が見る世界と一味も二味も違う
師匠の観る世界は筋が通っている
その【筋】を学ぶ為にこそ師匠の後ろを歩く
【薪水労】でもって初めて見える世界もある
確かに座学で学べばわかることもある
でも、実学でないと学べない事が山ほどある
特に技はそうだと思う
技術が技法になるまでの道程は長いもの。。。

最近、書店で
【寿司修行3ヶ月でミシュランに載った理由】という題名の本を見かけた
手には取って読んでいないから内容はわからないし、それを題名だけで批判する氣も肯定する氣も無いがなんだろうか。。。。

腑に落ちない感がある

確かに理不尽な技術伝達は無駄だと思う
意味の無い押し付けや回りくどい言い草もどうかと思うし
理不尽な体罰も頂けない

情緒が育たない氣もする
師匠の理不尽さの中に感じる【慮り】
それを察する機敏さと敏感さ
それは梅桃桜の咲くを感じて免許皆伝とした野口晴哉先生と内弟子の物語にある
モノの感じ方が一つ示唆している様に思う
確かに情緒と言えば音楽鑑賞や読書、観劇なども育つかも知れない

けども

整体なら整体で
寿司なら寿司でしか身に付かない情緒があると思う

とは言え。。。
時間ばかり無駄にしてその道三十年!が全ての答えでは無い

日本は今、世界でも効率悪く労働する国の様だ
効率が悪いのは良くない
技術の世界では無駄な無駄は命取りにしかならない
遊びという名の無駄は大いに結構と思うが無駄な無駄は頂けない

私は自己の独善独断的意見だと
技には美しさが無いと駄目だ

と思う

実際に技術を行なっている時の美しさも大切
その道に邁進する姿と姿勢の美しさも大切

何と無くそう思う

2 Replies to “技術について思う勝手な考え”

  1. そうですね。技術だけではないなにものか。一見、無駄にみえたり、理不尽に思えることに、日本人は今まで意味を見出だしてきたのだとおもいます。それは経験した人にしかわからないもの。そこで得た忍耐力や意気地が味に繋がると思いたいですね。霜が、降りた後の野菜が美味しくなるように。熟成を経た酒がまろやかになるように。

    1. あけみんさん

      初コメントありがとうございます!!!
      嬉しいです^_^

      効率と情緒の狭間に揺れる日本。。。
      最近、よく考える内容なんですよね。。。
      海外に仕事に行く事が増えて日本の良さと改善点が少しずつ解って来たかも知れません。。。
      日本の深く熟成された文化を大切に守り育みたいと思います
      また、人は文明と文化を混同しているように思います
      文明的発展と文化的発展は相反する所も多くあり。。。
      でも、文明と文化は常に共鳴して存続発展しているように思います
      徒弟制度にも矛盾と合理性とが共存するものですしね〜
      また、技術を深める時に「切った!張った!」「効く!効かない!」と論じる事に終始するのは何とも色氣が無いように思うし。。。
      人の命は合理的に不合理に出来てますから
      そんな命を授かっている人間の人生もきっと合理的に不合理に出来ているのでしょうね〜(笑)

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